毎日のように来てくれているAさんはお肉が食べられません。
それに、肉料理は外食でよく食べることができるので、日向ぼっこサロンの毎日のメインディッシュは魚料理を心掛けています。
…いや、正確に言うなれば、もう殆ど毎日魚料理です。
今晩はそんな魚料理にまつわる最近のエピソード(其の一)をご紹介させていただきます。
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ブリ大根などの煮物にする時は、人数を気にせず他のおかずの分量で調整できるのですが、焼き魚はいつもヒヤヒヤします。
一昨日は時間いっぱい運営会で話し合っていたので晩御飯の買い物にいけませんでした。
かろうじて運営会の前にkoalaが買い物していてくれたアジは4匹。
本当はもっとご来館される方のお申し出はあったのですが、買い物をお願いする時にすっかり失念していていました。
「月曜日はいつも少なめだからな~」と4人分しかお願いしなかったのです。
実際食卓を囲むことになったのは6人。
アジの塩焼き4匹は明らかに足りません。
こんな時に助かるのが賛助会員のTご夫妻が寄付してくださった缶詰です。
以前大雨の中買い物に行こうとしていた私を気遣って、「急な時にどうぞ」と差し入れしてくださいました。
「正会員は今日はサンマの蒲焼缶詰をいただこう!解決っ!!」と思い、「いただきます」をしようと思ったその時です。
これまたよく来たくださるIさんが「僕の分けますよ」と提案してくれました。
「いやいや~、食べてくださいよ」と遠慮しましたが、他の方も「私のもどうぞ」と申し出てくださり、2匹のアジを半分にすることに。
お皿の上のアジはいつもより小さかったですが、いつも以上に美味しく感じました。
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「施設で暮らしていた」と言う事に対し、社会ではまだネガティブなイメージが強く残っているかもしれません。
でも、私は施設で暮らしていた人には「他人との集団生活をしていたからこそ」のポジティブな面があると感じています。
「みんながみんなそう」というわけではありませんが、私の知っている施設で暮らしていた人の多くは、気配りや思い遣りの気持ちが強いと感じています。
そのことをプラスにとるかマイナスにとるかは人それぞれだと思います。
過剰に自己犠牲を厭わなくなり「自分のために」を主張できず他を弁護することで自分を護るような状態にまで発展している場合は、その人の人生を生き辛くしているかもしれません。
それでも、私はそのポジティブな面はポジティブな面としてきちんと評価していきたいと思います。
「施設で暮らしていた」=「かわいそう」「暗い」「重たい」「主体性がない」「ろくでもない親と同じようになる」
既に横行してしまっているのはネガティブなイメージばかりです。
どうせだったら、「気配り上手」「思い遣りの心が深い」「コミュニケーション上手」「初対面の人と打ち解けるのが早い」といったポジティブな面こそ知ってもらいたいです。

