自転車をなくしてしまった。
帰り道の途中パンクしてしまい、タイヤが悪くなってはいけないと思い近所のディスカウントショップの大きな駐輪場の一角に停めて帰った。
明日サロンまで引いて行き、自転車に詳しいAさんに直してもらおうと思っていた。
昼前に自転車を取りに行くと、前かごの一辺が裂けてしまっっている私の見慣れた自転車の姿はなかった。
広い駐輪場を何周もして一台一台注意深く探したが私の自転車は見つからない。
他の放置自転車と思しき3台の自転車には今日の日付のついたピンク色の印が付いていた。
その中にも私の自転車はない。
お店の周りや駅前に置かれている自転車も「もしかしたら…」という期待を込めてくまなく探したが見つからない。
もう一度お店の駐輪場を探し始めた時に、自転車の群れを眺めながら思わず涙が出てきてしまった。
小さい子どもでもあるまいし、自転車をなくしたくらいで泣くのはおかしいかもしれない。
私にとってあの自転車が失いたくない大切なものだったと初めて自覚された。
***
日向ぼっこのみんなからは買い替えることを勧められていたあの自転車は4年前、私が大学1年の終わりになけなしのお金で買ったものだった。
引っ越してきたばかりのK市に身寄りはなく、私は益々「ひとりぼっち」を感じざるを得ない状態に身を置いていた。
当時大学入学時に中古で買ったボロボロの自転車で、早朝チラシ配りの仕事をしていた。
広いK市のどこまでもその自転車で行ったが、いよいよ前輪が外れかけていることに気づき、近所の自転車屋に持って行った。
個人で営業しているその自転車屋のおじさんは私が来る前に居たお客さんに丁寧に対応したあと、私に話しかけた。
症状を伝えると「命に関わるからもう乗らない方がいいよ」「よくここまで乗ったね」と笑顔で伝えてくれた。
自分と親身に話してくれる人との関わりが乏しかった私はなんだか嬉しかった。
学費を振り込む直前でお金に余裕があったわけではなかったが、このおじさんから自転車を購入したいと思った。
そのおじさんが勧めてくれた自転車を買い「パンクしたらいつでもおいで」と掛けられた言葉の通り、その後の3年間自転車で困った時はお世話になった。
昨年都内に引っ越してきた時、近所にそんな自転車屋がないことを寂しく思った。
昨晩もディスカウントストアで愛用していた自転車を処分し新しい自転車を買ってしまう案も頭にはあったが、安易なその方法を選べずにいた。
今晩自転車をまた探してみようと思う。
見つかったら、手放そう考えたこと、置き去りにしたことを詫びるだろう。
見つからなかったら、暫くは自転車を買う気にはなれないと思う。
今はもう、少しいい自転車だって簡単に手に入れることができる。
でも、こんなに大切に思える自転車を買うことはもうきっとできない。


YETI 2008年10月05日(日)00時51分 編集・削除
すげえジンと来たよ・・・。
名文や。
防犯登録は?
警察には届けた?
いつもmarmotと一緒にいたあの自転車。
見つかるといいね・・・。
かけがえのない自転車か・・・。
オレにはレッドパンサー号がそうだよ。
レッドパンサー、大事に乗るよ。