今日は先日お知らせさせていただいた養護問題研究会東京支部の学習会でお話しさせていただきました。
第2部では某児童養護施設の10年に渡る取り組みを職員の方からお話いただきました。
子どもの理性に訴える集団づくりを実現していく中で、なにより子ども達が過去の経験を分かち合い、負い目を払拭して自信をつけていく取り組みが重要だということに気付かれたようです。
「子どもも職員も協力し合っていくなかで、その子の虐待関係を乗り越えることができるのではないか」という可能性が言及され、私はそこに今まで感じたことのなかった新しい希望を感じました。
自分が子どもの時に、同じ施設で暮らす子どもたちと自分の体験を分かち合えたかと考えてみると、難しかっただろうと思います。
子どもはおろか、職員の方にも自分の生い立ちなど語る機会はありませんでした。
自分の生い立ちなどを「話したい」とも思えなかったです。
勇気を出して少し話してみた時に「施設の職員に話してもわかってもらえないんだから、誰にも話すべきではないな」と感じていたくらいです。
なので今は「実際にそのようなケアを受けている・受けていた子どもたちと話してみたい」という気持ちでいっぱいです。
私はいわゆる「生い立ちの整理」といったケアは一切受けず、施設を巣立った後に自分で試行錯誤し思い悩みなんとかここまでやってきました。
施設で暮らしていた多くの方はそうかと思われます。
もし、施設で生活している最中にピアな子どもたちと信頼できる大人たちに自分の辛くみじめな陰の部分を分かち合うことが出来、その後も自分の人生を一緒に歩んで行ってくれるという安心感を共有できていたとすれば、どんなに楽だっただろうと思います。
大人数でなくてもいい、一人でもそんな相手がいればよかったです。
今日胸にした新たな可能性を自分の中で現実のものにしていくために、実際某児童養護施設でケアを受けた元お子さんに近い未来に会いたいです。
今日はそんな希望を抱くことができ、よかった…!
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写真左はお話させていただいている様子です。
右は今日の食卓風景です。
「いただきます」をして最初の数分はみんなご飯を食べるのに必死です(^▽^;)

