興味本位で取り上げてはいけない話題だとはわかっています。
しかし、どうしても皆さんの意見をお聞きしてみたいので書いてみます。
昨年1月、荻窪病院倫理委員会が承認した、共にエイズウイルス(HIV)に感染している夫婦への国内初の体外受精が、厚生労働省から「社会的な議論と倫理的な検討が必要」と求められ、中断しているそうです。
厚労省の研究班は、広く意見を聴く公開班会議を開き、実施の可否を検討するとともに指針を作る方針とのことですが、一番問題視されているのは、両親の症状(病状)が重い場合、子供が成人する前に両親が亡くなることも想定される為、子供を作らせるべきではない、という事らしい。
・・・どう思いますか?
勿論、親がいない子を増やすべきではない、という意見もわかる。
しかし子供を作れない、ということは、それを求めている夫婦の希望を奪う事になるだろうし、必ずしもHIVウィルス感染者が早期に死亡すると決まっている訳でもない。
何より、「親がいなければ子供は育つことが出来ない」と決め付けるのは、ある種の差別じゃないだろうか?
親はなくとも、子は育つ。(経験上)
薬害エイズなどという悲劇を二度と繰り返してはいけないという事は勿論だが、子供が成人する前に両親が亡くなった場合のサポート体制さえしっかりと作る事が出来れば、HIV感染者の方たちも安心して子供を作る事が出来るはずだ。
とにかく日本は、「社会全体で子供を育てていく」という考え方を、もっともっと真剣に考えていかなければいけないと思う。
そうでなくとも、「子供を持つことは損」みたいな風潮が少子化を加速させている訳だし。
まあ、今の政治・経済・社会的倫理の状況を考えると、子供の将来に対して悲観的になってしまう人が多いのも仕方ないかもしれないが・・・。
僕は未来に希望を持っているし、自分の子、他人の子に関わらず子供たちは宝物だと思っているので、状況が許す人には子供をどんどん作ってほしいと思っている。
人工授精の議論については、専門医のほか、薬害HIV訴訟原告団の代表、カウンセラーなどによって話あわれて行くらしいが、結論の行方にも注目している。
・・・たまには真面目な話でした。
marmot 2008年07月20日(日)11時35分 編集・削除
国からの制約を抜きにして、ちょっと前の私であれば、悲観的に捉えていました。
HIVに感染されている方同士の件ではなく、知的なハンディがある人同士の結婚・出産に関しての考えだったのですが、生まれてくる子どもを主体と考えた時に、その子どもが「生まれてきてよかった」と思える世の中ではないと感じていたからです。
でも、今は違います。
どんな境遇でも、生きること自体に喜びがあると感じられるようになりました。
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YETIが言うように両親が亡くなった場合でもしっかりとしたサポート体制が整っていることが一番の理想だね。
それが難しい現状、親から子どもに「あなたは望まれて生まれてきた」ということをにしっかり伝えてあげることが一番大切ではないでしょうか。
子ども自身が自分の命に誇りを持つことができれば、どんな状況でも「乗り越えよう」と思えると思います。
また、私たち一人一人もそういった状況にある人たちに生きにくさを押しつけてしまっていないか、日頃の言動を振り返りたいですね。